
マルモッタン美術館
高級住宅街として知られる16区、ラヌラグ公園とブーローニュの森の間に位置する。メトロの出口からは、10分ほど歩く。
駅周辺のにぎやかな通りから、公園の敷地に入ると、辺りは少しづつ静かになっていく。緑の中をしばらく進むと、やがて美術館が現れる。絵画の世界に少しづつ入り込んでいくようで、私はこの道のりが気に入っている。
この美術館は、フランス語での名称を「Musée Marmottan Monet」(マルモッタン・モネ美術館)という。このことからも分かるように、世界で最大とも言われるモネのコレクションを誇る美術館である。
美術館になっている建物は、ヴァルミー公爵(クリストフ・エドモンド・ケラーマン卿)という人物が、狩りを楽しむ際の別荘として建築したものである。数年後にそれを ジュール・マルモッタンが購入し、邸宅に作り替えた。
ジュール・マルモッタンが亡くなると、息子ポール・マルモッタンに財産は受け継がれた。その時、ポールは27歳。エブルー県の議員を勤めていたが、受け継いだ財産は議員の職を辞するに充分な額だったという。
もともと政治色の濃い県の仕事よりも、芸術的な分野に傾倒していたポールは、県の仕事を辞め、美術品の収拾に情熱を注ぐようになる。特に愛好していたのはナポレオン時代の芸術だった。その後、コレクションを世間に公開することを望んでいたポールは、邸宅を美術アカデミーに寄贈する。こうして、1934年「マルモッタン美術館」が誕生するのである。
ポールが収拾した油彩画、調度品、ブロンズ像など多様な美術品が公開された後、「贈与」という形でこの美術館はさらに発展していく。最初の寄贈者は、ヴィクトリーヌ・ドゥ・モンシー夫人。この女性の父であるジョルジュ・デ・ベリオ氏は、マネ、ピサロ、モネ、シスレー、ルノワールなどを診察する医師あった。そして美術愛好家でもあったベリオ医師は、300を超える絵画やパステル画、水彩画、デッサンを所有していた。そのコレクションの大半は、印象派の作品で占められていたという。
ベリオ医師が亡くなると、そのコレクションは娘のヴィクトリーヌに引き継がれた。ヴィクトリーヌは一人娘で、彼女には子供がいなかったので、これらをマルモッタン美術館に寄贈した。コレクションには、「印象派」という名称が生まれるきっかけとなった、モネの「印象・日の出」も含まれていた。
展示作品の中に、ルノワールによるヴィクトリーヌの肖像画(Portrait de Victorine de Bellio/1892)があるので、訪問したら是非見てきて欲しい。
マルモッタン美術館の発展において、もう一人の重要な寄贈者は、ミシェル・モネである。ミシェル・モネは、クロード・モネ(←睡蓮を描いた画家のモネ)と、最初の妻カミーユ・ドンシューの次男である。兄のジャンと母カミーユの死後、父クロード・モネの再婚相手アリス・オシュデの子供と一緒に育った。
ミシェルには相続人がいなかったので、モネの住んだジヴェルニーの家の所有権と父から譲られたコレクション全てを、マルモッタン美術館に展示する目的で寄贈した。
この寄贈により、マルモッタン美術館では、初期から晩年までのモネの画家としてのあらゆる段階の作品を鑑賞することが出来るようになった。
この美術館には、モネのコレクション以外にも、ルノワール、ベルトモリゾ、ピサロ、シスレーなど、日本でも人気のある画家の作品が多数所蔵されている。
絵画が好きで、普段から美術展によく足を運ぶ、という人なら、以前どこかで見たことのある作品に再会できるかもしれない。逆に、絵画には普段あまりが馴染みがないという人でも、名前くらいは聞いたことがあるような画家の作品がたくさんあるので、親しみやすいのではないだろうか。
最も有名なのは、何と言ってもモネの「印象・日の出」だろう。「睡蓮」もたくさんある。
モネが使っていたパレットや手紙などもあり、モネファンには特に、興味を惹かれる展示が多い。ジヴェルニーやオランジュリー美術館と並んで、モネが好きな方に とてもお勧めの美術館である。
* * * * *
マルモッタン美術館/Musée Marmottan
最寄り駅 メトロ9号線 La Muette
RER C線 Boulainvilliers
開館時間 11:00〜18:00 (火曜日は〜21:00)
休み 月曜日 1/1 5/1 12/25
サイト http://www.marmottan.com
*この美術館では、館内での撮影が禁じられていたので、併設のミュージアムショップで
購入したポストカードをスキャンしたものを掲載します。

「Bras de Seine à Giverny/ジヴェルニーのセーヌの支流」
(1897/Claude Monet)
| スキャンした画像を見ても美しいと思うけれど、本物はもっともっと素晴らしい! 霧のかかった空気の柔らかい表現に引き込まれる。 |

「Promenade près d'Argenteuil/アルジャントゥイユそばの散歩道」
(
1873/Claude Monet)
| 私はこの作品がすごく好き。オルセー美術館にある「ひなげし」と同じくらいか、それ以上に気に入っていて、ずーっと見ていた。柔らかい日差しと、優しい風と、愛する人たちが登場する絵。 |

「Les Tuileries/チュイルリー」(1876/Claude Monet)
| モネは自然の素晴らしさを多く描いているが、都会的生活の要素にも関心を持っていた。セザンヌを通して知り合った収集家ヴィクトール・ショッケのアパルトマンから公園を見下ろした風景。チュイルリー公園は、今でもパリの中心で人々が集まる散歩道である。 1871年にパリ・コミューンに持って燃やされ、1883年に取り壊されるまで残っていたチュイルリー宮殿の外壁はこの絵には描かれていない。 |

「Les Boulevards extérieurs. Effets de Neige/並木道 雪の効果」
(1879/Camille Pissaro)
| この時期のピサロには珍しいテーマ。もう少し後の1890〜1900年頃にかけて、ピサロは都市的風景を題材にいくつか作品を残している。雪の舞う並木道。背中を丸める人物が寒さを伝えている。 |

「Rue de Paris. Temps de Pluie./パリの通り 雨降り」
(1877/Gustave Caillebotte)
| シカゴアートインスティテュートに保管されている作品の下絵。カイユボットは、友人だったモネに この絵をプレゼントした。カイユボットの絵が好きだったモネは、この絵をジヴェルニーの寝室の壁にずっと掛けていたそうである。 人物の服や傘は明確に描かれているのに、表情だけは曖昧な表現になっている。雨粒は見えないが、反射した路面の光り具合で、雨が表現されている。 「通り」は、モダンな生活を描くことを好んだこの頃の画家たちが好んだテーマのひとつ。 |
▲ ページトップへ
Merci-Paris.Net All Rights Reserved.


