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ジャック・ルイ・ダヴィッド 「ナポレオン一世の戴冠式」


ナポレオン一世の戴冠式ルーヴル美術館のドゥノン翼2階。巨大な作品が並ぶこのエリアのなかでも、ひときわ大きな作品があります。

この「ナポレオン一世の戴冠式」は、世界史の資料集などにもよく載っている絵なので、見覚えのある人も多いと思います。描いたのは、ジャック・ルイ・ダヴィッド。ナポレオンの首席画家だった人物で、ナポレオンの登場から失脚までの時期、フランス画壇に君臨した画家です。

これとほとんど同じ作品が、ヴェルサイユ宮殿の「戴冠の間」にも置かれています。ヴェルサイユ宮殿にある作品は、ルーヴルの作品の複製です。複製といっても、作者は同じくダヴィッド。本人による複製です。同じ絵を複数作成することは、当時珍しいことではありませんでした。

ダヴィッドが一人で描く訳ではない(弟子が手伝います)にしろ、これだけの大きな作品です。もう一枚描こう、なんて聞いてるだけでも気が遠くなります。大きさは、6.3×9.7m。そう聞いてもどれくらいか分かりにくいので、身近な数字に換算してみましょう。平米数なら約61平方メートル。坪数なら約18坪。畳(江戸間)なら約39畳。物件に例えるなら、ちょっとした2LDK、あるいは3DKの床面積に相当する大きさです。


一作目は、ナポレオンの戴冠式から約三年をかけて書き上げました。ナポレオンの人生の中でもクライマックスともいえるこの場面、いくつかの事実が巧妙に描き換えられ、より一層華々しいものとして表されています。ナポレオンは、この絵を大層気に入ったそうです。

ナポレオン一世の戴冠式この絵で、冠を授けられているのは妻ジョセフィーヌであり、授けているのがナポレオンです。「戴冠式」とは、「あなたを皇帝として認めます」と冠を授かる儀式なのですから、本来ならば、ローマ教皇からナポレオンに冠が授けられる場面になるはずです。

冠というのは通常、位の高い者から低いものへ授けられることを考えると、流れとしては、ナポレオンの方から教皇のもとに出向くべきところでしょう。ですが、そんなことおかまいなしのナポレオンは、ローマ教皇をパリまで呼び寄せました。そして、教皇から冠を授かるどころか、自分で自分の頭に月桂冠を置いたのです。

ダヴィッドは当初、自分で冠をかぶるナポレオン像を描きました。それが事実だったからなのですが、教皇から奪った冠を自分で頭に載せる図では、あまりにも挑戦的、独裁的で、後世に残す絵画としてはふさわしくないだろうという判断のもとに、最終段階で修正したそうです。

修正後の絵では、ナポレオンは自分よりも権威の高い教皇に背を向け、皇后となる妻ジョセフィーヌに冠を授けようとしています。これによって、この絵、というより戴冠式そのものの中心が、ローマ教皇ではなく皇帝ナポレオンにあることが強調される結果になりました。

ローマ教皇ピウス7世ナポレオンの背後に描かれているローマ教皇ピウス7世は、聖母マリアの受胎を祝福する天使と同じポーズをとっています。この手のポーズによって、教皇が皇帝ナポレオンおよび皇后ジョセフィーヌを祝福していることを示していると言われています。
が、その表情ときたら、まったくやる気のなさそうな、それでいて、どうも納得いってなさそうな微妙な雰囲気で、教皇の心境が伝わってくるようです。

ダヴィッドは、仕事の一部として肖像画も多く描いているのですが、肖像画より歴史画の方が格上と認識していたようです。しかしながら、この壮大な歴史画の一部に、内面をも確実に描き出す肖像画家としてのダヴィッドの技量を認めることが出来ると思います。



ヴェルサイユ宮殿版 当時の画壇においては、複製の作品は元の作品とはどこか一ヶ所以上を変えて描かなければならないという決まりがありました。
ヴェルサイユ宮殿に展示されているこの二作目では、画面左側に描かれているボナパルト家の女性のうち、向かって左から二番目の女性だけがピンク色の衣装を身に着けています。一作目のルーヴル版では、全員が白の衣装で描かれています。

ピンクのドレスを着用しているのは、ナポレオンの二番目の妹「ポーリーヌ」。なぜポーリーヌの衣装の色を変えたのかについては、「ナポレオンが姉妹の中で一番可愛がったのがポーリーヌだったから。」とか、 「作者ダヴィッドは、実は秘かにポーリーヌを想っていたから。」などの諸説があってはっきりしません。

ナポレオンの姉妹は皆美しかったと言われていますが、中でもとりわけ美しく、そのうえ奔放でわがままな性格だったこともあり、ポーリーヌが最も注目されやすい女性であったことは事実のようです。

この二作目が完成したのは1822年。戴冠式からは18年が経過していました。この時、ナポレオンはすでにセント・ヘレナ島で亡くなっていたのですが、ダヴィッドはこの作品を完成させました。二作目は14年越しの完成ということになります。


戴冠の間ナポレオンの失脚後、首席画家だったダヴィッドは亡命を余儀なくされました。ベルギーでダヴィッドが亡くなるのは、二作目の完成から約二年後です。

一作目は当初からルーヴルで公開されましたが、二作目はルイ・フィリップ時代に、ヴェルサイユ宮殿に置かれました。それ以後、この作品が飾られた部屋は「衛兵の間」から「戴冠の間」と呼ばれるようになりました。

「ナポレオン一世の戴冠式」は、とても多くの歴史を語ってくれる絵画です。じっくり見て行くと飽きずにいつまでも眺めていられます。




ルーヴル美術館ドゥノン翼 ダヴィッド

ルーヴル美術館ドゥノン翼2階。付近にダヴィッドの肖像画もあるので探してみて下さい。


ナポレオン一世の戴冠式

ルーヴル版の「ナポレオン一世の戴冠式」。大きすぎて上手く撮影できません。


ナポレオン一世の戴冠式

ルーヴル版では、左側の女性達は全員が白いドレスを着ています。


ヴェルサイユ宮殿版

こちらはヴェルサイユ宮殿の「戴冠の間」。混雑してます。


ヴェルサイユ宮殿版

一人だけピンクのドレスを着ているのが「ポーリーヌ」です。


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