
オヴェールの教会
オヴェール・シュル・オワーズ訪問にあたって、私が最も見たかったのは、「オヴェールの教会」である。この教会を実際に見たいがために、オヴェール・シュル・オワーズ行きを決めたのである。
その教会は、オルセー美術館の上階に展示されている、ゴッホの作品「オヴェールの教会」に描かれた教会で、今も当時の姿で残っているという。
オルセー美術館のゴッホの部屋には、たくさんのゴッホ作品が展示されているのだが、私はゴッホの絵の中で、この作品「オヴェールの教会」が一番好きだ。
絵の前に立つと、何か立ち去り難い磁力のようなものを感じる。同じように感じる人は多いらしく、いつでも大勢の人が、入れ替わり立ち代わりこの絵の前をふさいでいる。
この教会が実際に存在することは、以前から知っていた。
ゴッホの描いた教会を見ると、壁はぐねぐねと曲がった太い線で描かれている。背景の空は非常に濃い青色で、対する地面は、明る過ぎるくらいの黄色をしている。
地面に教会の影が見えるから、きっと昼間なのだろう。しかし、教会の窓は空と同じ暗い色で、夜の闇を映し出しているようにも見える。
不安定でアンバランスなのに、それでいて、全体としては力強い感じもする。
私は、いつかこの教会を見に行きたい、この教会が実際にどんな姿をしてるのか見てみたい、と思っていた。
オヴェール・シュル・オワーズは小さな街である。
案内図で見ると、先に見学した「印象派絵画館」からはだいぶ距離があるかのように思えたが、街の風景を眺めながら歩いて行くと、程なくそれらしき教会が見えて来た。 教会の裏手側から来たのだが、それでもすぐに「あの教会だ!」と分かった。正面にまわってみると、絵のパネルが設置してある。絵の構図そのままの教会を見ることができた。
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ゴッホもこの場所に立っていたんだ、と思った。確実にゴッホはここへ来て、この位置から教会を見上げ、そしてあの絵を描いたのだ。
そう思うとなんとも言えない不思議な気持ちになった。ゴッホは私にとって、どこか非現実的で、架空の人物のような印象があった。
しかし、現在もゴッホの絵と同じ姿で残る教会は、ゴッホが確かに生きていたことの証となって、私の目の前に存在していた。
ゴッホが、急に身近になったように感じられた。
教会は もの静かに、しかし堂々と建っていた。空は明るく澄んで、ゆるやかな風が吹いている。
人通りは少なく、この周辺一帯が静かな空気に包まれていた。時折、私のようなゴッホファンと思しき観光客が現れて、写真を撮っている。
この穏やかな田舎街の教会を見て、ゴッホはあの絵を描いた。ゴッホが描いたような、強い色彩や、曲がった太い線は、私には感じられない。あの絵に現れた激しさは、この風景のどこからやって来たのだろう。どうしてこの風景を見て、あの表現になるのだろう。私はしばらく考えた。
あの絵は一見、風景画のようだが、単なる風景画ではないのだ。目にした風景の素晴らしさ、それも描きたかったことのひとつかもしれないが、でも単に風景を描いたわけではなく、見た風景を通して自らの心象を描いた作品なのだと思う。
ゴッホの心が痛々しいほどに反映されているからこそ、それを見る人々は強く引きつけられ、この絵を描いたゴッホ自身について、もっと知りたいと思うのではないだろうか。
オルセー美術館の上階にあるゴッホの展示室は、いつも大勢の人で混雑している。
ゴッホの絵には、人を惹き付ける要素がたくさん潜んでいるからだと分かった。
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